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< 北陸紀行 ~城端曳山祭・本祭編 >

城端曳山祭、宵祭でしっとりとした夜を過ごした翌日、いよいよ本祭です。

各山宿でお披露目されていた御神像は曳山の上に移され、曳山、庵屋台が町を曳行します。
白く雪の残る山々を背に江戸の料亭を再現したといわれる優雅な庵屋台が先導し、絢爛豪華な曳山が後に続きます。

飛騨高山や古川、犬山などの屋台もそれぞれに素晴らしいものですが、城端の曳山もまたうっとりするほどの美しさ。
なんというか、妖艶というか艶っぽいというか。
城端で生きてきた人たち、継がれ、守られてきた思いや伝統などが凝縮されたように感じます。


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この曳山を引くのは男性のみ。女性は引き手にはなれず、山にも乗れません。今なお続く、しきたりです。


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掛け声とともに引かれる山は、車輪がきしみギュウギュウと音を立てます。
城端の人たちはこの音に親しみを込め、山を「ぎゅう山」と呼ぶそうです。


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古い石畳の古い町並みの、けして広いとはいえない通りを、軒先をかすめるように引かれる曳山。


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6基の山が朝から町を曳行し、それぞれの庵屋台は「所望所」の前で停まります。
所望所とは庵唄を披露してもらうことを要望する(所望する)家々のことをいい、哀調ある庵唄の調べを聴かせてもらえます。
こうした所望所を6基の山と庵屋台が一日かけて巡行します。


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やがて日が暮れると曳山は「提灯山」となります。
昨夜は動かずにじっとしていた曳山と屋台が、今夜は雪洞に照らされた小京都をギュウギュウと響かせながらゆっくりと進みます。

暗くなるとその優雅さは一層増し、幻想的で美しく、さらに艶やかになっていきます。
山を彩る提灯、ほんのり浮かび上がる屋台の装飾と手仕事。


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あまりの美しさにカメラを持つ手が震えます。


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暗くなった所望所でも、今か今かと屋台を待ち、やがてやってきた庵唄に、耳を傾けます。
あぁ、もうなんと言って表現したら良いのかわかりません。


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以上で今回の「北陸紀行」を終わります。



石川県の七尾で出会った「でか山」。
その大きさだけがイメージとしてあるようですが、私にはそこに根ざし、生活を営んできた方々の「山」に対する心の寄せ方、祭りの本来の意味を感じたように思えました。

そして花嫁のれん。
知識としての風習ではなく実際に使われた のれん を目の前にし、それをくぐったであろう日を想像したとき、一つひとつの のれん から伝わる当時の花嫁さんの思い、不安、覚悟などが胸に押し寄せて来るようでした。

そしてどうしても行きたかった城端曳山祭。
本当に来ることが出来、見ることが出来、聞くことが出来感じることが出来て良かったです。



昨年登録されたユネスコ無形文化遺産。33もの「山・鉾・屋台行事」ですが、これらを一括りにせず、その一つひとつに歴史があり代々伝えてきた全ての方々の思いが宿り、今がある。

それぞれに対しては、私は単なる旅行者であり観光客に過ぎません。まず間違いなく上っ面しか見えません。
しかしそれでもそういう方々の思いに触れたい、感じたいと思うのです。
そして、それを伝えたい。

だから私は祭りと一緒に「人」を撮ります。仕草を撮り、手を撮り足を撮るんです。
祭りとともに生きてきた先人と、今を生きる人。
写真には、その両方が写っている、そんな気がするんです。




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by revoir-dima | 2017-05-26 00:02