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< 哀調おわら節に酔う、越中八尾・おわら風の盆に行ってきた >

9月に入り、あの季節がやってきました。

江戸時代に起源を持つといわれる、富山県八尾に伝わる祭り行事、おわら風の盆。
朗々とした唄声、繊細な胡弓の音色、哀調のある三味線、そして妖艶な踊り。

今年もまた、あの空気に包まれに行ってきました。



写真もたくさん撮ってきましたが、私のウデでは新たにハッとするような写真を撮る事も出来ず、代わり映えのしない映像ばかりですので今回はモノクロでイメージ的にしてみました。

おわらをモノクロにしたのは初めてです。


そんな何枚かを交えながら、「おわら風の盆」そのものについて少し、書かせていただきます。



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先に書いたように、おわら風の盆の起源は江戸時代。

その昔、米屋少兵衛という人物が加賀藩より「ここに町を作って良いですよ」という許可証「町建御墨付文書」を頂き、八尾に町を作りました。

彼は今で言う銀行のような業わいをしており、藩への上納ができない者へ資金を貸し、後日利子をつけて返してもらっていました。

しかし景気もだんだん悪くなっていき貸し倒れが増え、ついに八尾を去り水口村というところに移り住みます。
その際藩からいただいた「町建御墨付文書」も持って出ました。



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数十年経ち、藩は「町建御墨付文書」の返還を要求。
しかし少兵衛の子孫はそれに応じませんでした。

困った役人は一計を案じ、桜のころ花見だと言ってたくさんの酒や肴、芸人を伴い水口村の米屋を訪ね大宴会を開きます。
宴が大盛り上がりをしている間に、こっそりと米屋の蔵から「町建て」の書類を盗み出し、持ち帰りました。


無事書類が戻ったことを祝い、役人は三日間昼夜を問わず、にぎやかに歌い踊って町を練り歩いてよろしいというお触れを出しました。

それが、おわら風の盆の始まりだといわれています。


最初の頃はお花見の時期にやっていたのが盂蘭盆の時期となり、やがて台風の多い今の9月、風雨災害の無事を祈り五穀豊穣を祈る祭りへと変わっていきました。



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その後八尾に伝わる祭りとして洗練されていき、八尾地域で歌い継がれている民謡「越中おわら節」に乗せ力強い男踊り、妖艶な女踊りで見る者を魅了する祭りになって行きました。



写真のコピーとして入れているのは民謡・越中おわら節の中でも代表的で、
八尾の春夏秋冬を読んだ「八尾四季」。

この他にもおわら節に三千を超える唄があるんだそうです。



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坂の町、古い町並み、灯る雪洞。


むせぶような唄声に哀愁漂う胡弓の音色、三味線、太鼓の音。


深く編笠を被る男女。
無言の踊り。



また一年が過ぎこの時期になると、八尾の町にこの身を置きたくなるんでしょうね〜。


越中八尾・おわら風の盆、お越しください。









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by revoir-dima | 2016-09-09 14:36